引越しをしました

引越しと言っても、義兄のことです。

義兄は食道がんの手術をして、一時退院をしたものの、食事が喉を通らず、再入院したら、結局手遅れでして、脊髄までがんが転移していて、とても痛がり、麻酔で痛みを抑えるだけになりました。

麻酔を打つと、意識がもうろうとなり、よくありません。

最終的には、岐阜中央病院で末期がん患者のケアをする専門の病棟があるので、そちらに入院することが決まり、昨日移動してきました。それとともに、三好のマンションの引越しをして、クラウンを実家である飛騨金山に持って行くことにしました。

 

朝6時にかみさんとフィットに乗り家を出発して、三好に8時過ぎに着きました。

間もなく引越し屋さんが来て、軽い打ち合わせをして、私が先に飛騨金山にクラウンを運転してゆくことにしました。

 

一方義兄は看護師付きの患者さんを運ぶ専用のレンタカーで昨日岐阜中央病院に運ばれて来ました。

かみさんは三好の市役所で手続きをしてから、岐阜中央病院に向かいます。

私は11時に飛騨金山の実家に着き、クラウンを車庫にいれて、引越し屋さんを待ちます。

やがて昼になり、お腹がすいたので、かみさんに聞いたら、もうすぐ引越し屋さんが着くから待ってて、と言われとりあえず冷蔵庫にあったインスタントラーメンを作って食べました。

引越し屋さんが着いたのは1時過ぎでした。

荷物を下ろす場所を支持して、作業が終わるのを待ちました。

 

金山の家に着いてびっくりしたことがあります。なんと家の中が1度です。途中の国道の温度計が2~3度なので、外より家の中が寒いのです。

 

実家の飛山でコック長をしている一番上の義兄が迎えに来てくれました。

一緒に飛山に行ってコーヒーをご馳走になりました。

一番上の義兄は食道がんの義兄の寿命は来年の1月いっぱい持てばいいほうと諦めていました。

 

電車の時間になり、飛騨金山駅に送ってもらい、JR高山線に乗って帰って来ました。

 

中村勘九郎さんではないですけど、食道がんは余程早期発見でないと、たいがいは手遅れだそうです。

 

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コメント: 2
  • #1

    アリッサ (金曜日, 28 12月 2012 12:54)

    では薬も麻薬になったんですね。
    しかし痛みを取るのが大事だから仕方ないですね。
    苦痛がない日々をお義兄さんが送れますように。

  • #2

    ioihey (金曜日, 28 12月 2012 13:21)

    アリッサさんコメントありがとうございます。

    食道がんが手遅れでもう脊髄に回ってしまい、すごく痛がるので、痛み止めの麻酔を打っていました。今度の病院は末期がん専用のケア病棟なので、痛みを伴わなく余生を楽に過ごせるようにケアをしてくてます。残りどの位生きれるかわかりませんが、痛みなく自然に生きていてくれればと思っています。

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